須原忠雄「柑橘(みかん)實(みの)る頃」
遠くにかすむ海の稜線(りょうせん)、薄っすらとうかんだ島影、寄せる白波、そんなパースペクティヴ(遠近法)を最大限に生かした画面の中央に、一心に柑橘(みかん)獲りに励む農婦三人の姿が描かれている。それぞれが纏(まと)った絣(かすり)の絵柄と白い前掛けが、藍色と白色の濃淡をうかびあがらせ、なだらかにひろがる田畑と海原に照射する陽光も、晴れやかな光にみちあふれている。頭上の小枝から柑橘を大事そうにもぎとる女性の真剣な眼差(まなざ)し、その収穫を待ちうける竹籠(たけかご)をもった女性の横顔と、小鍬(くわ)(?)を片手にした女性の背にただようかすかな緊張感までが、晴れわたった伊豆路の空の下だからこその爽かさのなかから伝わってくる…。
おそらく「無言館」に収蔵される作品のなかでは最大級といってもいい、この縦二m七○cm、横一m九五cmにおよぶ大作「柑橘實(みの)る頃」を描いたのは須原忠雄。柑橘どころで知られる静岡県田方郡韮山村(現・伊豆の国市)の農家に生まれ、東京美術学校(現・東京芸大)日本画科を卒業したのちに出征、満州での駐屯をへてシベリアに抑留され二十九歳で命をとじた画学生である。
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