その六
宿に帰ったのは、朝の六時前だった。夏のことなので、辺りはもうすっかり明るくなっている。
「おや、珍しい。朝帰りですか」
宿の者に冷やかされながら無言で朝飯をかきこみ、部屋にもどると、おれはそのままぐうぐう寝てしまった。目が覚めたのは午後の二時だ。暑い昼日中(ひるひなか)、よく寝ていたものだと思う。軽便(けいべん)鉄道を脅(おびや)かす魔物騒ぎが、自分でも思った以上にこたえていたのだろう。騒ぎが一段落したことで、ほっとしたらしい。今日の仕事は休みだ。
ざぶざぶと顔を洗って、ほっと息をつき、夕方までもう一眠りして、街に出た。
良い具合に、日暮れとともに涼しい風も吹いてきた。
「お出かけですか」
と、背後から声をかけられた。振り返ると、おれと同じ頃に内地(ないち)からやって来て、沖縄で何かの商売をしている男だ。以前紹介されたはずだが、名前は忘れてしまった。
男はおれの頭に目をやり、
「おや、帽子を新調されたんですね。パナマですか。高かったでしょう」
と言いさして、
「しかし、妙だな? 黒いリボンがついていない。それじゃ未完成品だ」
と呟(つぶや)いて、首をひねっている。
おれはなんにも答えず、ちょっと帽子を上げて、男の脇(わき)を行き過ぎた。
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