加藤登紀子さんが新刊エッセー集『「ま・さ・か」の学校 ピンチはチャンス』を出しました。『「さ・か・さ」の学校』に続く第2弾。とっておきのエピソードが満載です。
板倉三枝記者
〈私を競走馬に例えれば、初めから馬主にお金で買われたこともなく、調教師も騎手もいないまま、…フェンスの場外をひたすら好きなように走ってきた馬なのかもしれない〉
冒頭そう書くように、ジャンルにとらわれず、国境を超えて自身が作詞作曲した歌も他人の曲も自在に歌ってきた加藤さん。「まさか」のスケールも半端じゃありません。
「まさか」の修羅場の一つが、加藤さんが遭遇したハイジャック事件です。1995年、加藤さんはバンドメンバーたちと函館に向かっていました。突然「当機はハイジャックされました」とアナウンスがあり、犯人の指示で乗客は目と口をガムテープでふさがれます。
幸いテープの隙間から犯人の足元を見ることができた加藤さんは単独犯と確信します。ギタリストの告井延隆(つげい・のぶたか)さんとの見事な連係プレーで16時間後に犯人確保。その後のコンサートは大いに盛り上がります。とはいえ〈あの時、私たちは真剣に死を覚悟したのよ。遺書を書いたバンドメンバーもいた。私は何をしていたかというと…頭の中で自分の追悼番組を作っていた〉。
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