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日曜版  |  記事

「無言館」のうた 文 窪島誠一郎
第41回 母の手が子の背を撫でた

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大倉裕美「S嬢」
 これまで何どものべてきたように、今年開館二十九年をむかえる戦没画学生慰霊美術館「無言館」の設立は、三年前に百二歳で逝去(せいきょ)された日本洋画界を代表する野見山暁治画伯の存在なしにはあり得なかった。
 野見山画伯といえば、文化勲章受章者にして文化功労者、パリ留学中に第2回「安井賞」を受賞し、帰国後日本の戦後洋画壇を牽引(けんいん)してきた巨匠の一人であることに、だれも異存はないだろう。
 だが、筆者にとっては何よりも、画伯が一九四三(昭和十八)年に東京美術学校(現・東京芸大)油画科を卒業後、満州(中国東北部)の牡丹江省に出征、戦地に赴(おもむ)いてまもなく重い肋膜炎(ろくまくえん)を患って即時帰還を命ぜられ、故郷福岡の傷痍(しょうい)軍人福岡療養所で療養中に終戦をむかえたという、いってみればきわめてラッキーな「生き残り画家」であったことの意味のほうが大きかった。

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