亡き友を思い、あふれる涙をぬぐう被害者の鄭信栄さんと、言葉をかける李國彦さん=4月、東京都千代田区
原告勝訴なのに門前払い 遺族が本社前で判決履行求める
「つえをついて一生懸命来たのは、亡くなった同僚たちのためです。申し訳なかったと謝ってほしい」。96歳の韓国の強制動員被害者が加害企業の三菱重工本社(東京都)前で訴えました(4月9日)。10代半ばで人生を絶たれた友を思い、涙があふれました。
本吉真希記者
高齢をおして韓国から来日したのは、鄭信栄(チョン・シニョン)さん。アジア・太平洋戦争中の1944年5月ごろ、日本が植民地支配していた朝鮮から女子勤労挺身(ていしん)隊として、名古屋・三菱重工の航空機工場に連行されました。当時14歳でした。
自由も給料もなし
「日本に行けば、よく食べられ、中学校にも通える」と説明されました。ところが期待した学校には通えず、工場で一日中、塗装作業を強いられました。いつも空腹で自由はなく、給料は未払いでした。「完全に日本にだまされた」と鄭さん。同年12月の東南海地震では、仲間6人が崩れた工場の塀の下敷きになって亡くなりました。
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