米琉合同審理が行われたあの日。
審理がすべて終了したあとで、ペリー提督は付け足しのように口を開いた。
「一つ相談があるのだが」
机に両肘をつき、顔の前で指を組み合わせたペリーがもちかけた相談とは、
--審理が無事終了した記念に、琉球の鐘を贈ってもらえないか。
というものだ。
「帰国後、ワシントン広場の記念塔に琉球の鐘を吊(つ)るし、建国記念日の演説のたびに、あの美しい鐘の音を響かせたいと思う。如何(いかが)か?」
突然の申し入れに、琉球府の役人たちは戸惑ったようすだった。
かれらは額を寄せ相談していたが、ほどなく、ペリー提督の望みどおり、琉球の鐘を一つ贈る旨(むね)をその場で約束した。
アメリカ人水兵死亡事件の被疑者の身柄と裁判権を渡してもらったばかりだ。琉球府の役人が、ペリー提督の申し出を断ることは状況的に困難だった。
翌日、ミイラのように白い布でぐるぐる巻きにされた、高さ三フィート(九十センチ)ほどの荷物が旗艦サスケハナ号艦長室に届けられた。
布の下は、ペリー提督がかねてより目を付けていた護国寺の鐘だ。鉄製のペーパーウエイトで叩(たた)くと、琉球の鐘は軽やかで、いかにも涼しげな美しい音を響かせた。
以来、ペリー提督の口元に満足げな笑みが浮かぶようになった。目を細め、頭の中で何ごとか情景を思い浮かべているようすだ。
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