絵・井桁裕子
幼いころ、病弱の僕は母のピアノでデタラメ弾きをするのが最大の楽しみだった。戦後の不穏な時代で、家には大学生が1人下宿していたが、その部屋にはいつも数人がたむろしてパチン、ジャラジャラと派手な音を響かせていた。わかりますね? 麻雀(マージャン)だ。
中に一人音楽好きがいて、麻雀を抜け出してピアノを弾いた。僕を相手に、連弾も。たいてい、ジャズだった。
本格的なものではない。アメリカ映画の主題歌やラテン・ナンバー。映画「シェーン」(遙かなる山の呼び声)、「キス・オブ・ファイア(元はタンゴ「エル・チョクロ」)、「ストレンジ・センセイション(元はタンゴ「ラ・クンパルシータ」)」等々。これらを、僕も弾いて遊んだ。僕の原点は、ジャズなのだ。
次第にクラシックにはまっていくが、中学時代はアメリカンポップスに熱を上げたし、高校は、自分がクラリネットを吹いていたこともあって、「鈴木章治とリズムエース」をよく聴きに行った。南里文雄や見砂直照のビッグバンドもよく聴いた。
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