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日曜版  |  記事

「無言館」のうた 文 窪島誠一郎
第42回 主なきアトリエで

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大竹武雄「菊」
 戦中戦時の東京美術学校の日本画科の課題制作といえば、「菊」や「葉鶏頭(はげいとう)」や「紫陽花(あじさい)」といった花々が定番だった。たまに出身地の山河風景や海辺風景、富士や三保の松原といった景勝地を手本にすることもあったが、大抵はそうした野花の写生に取り組んで、画学生は岩絵具の溶き方や膠(にかわ)の使い方、下地の拵(こしら)え方などの技術の腕をみがき、やがてその成果を「卒業制作」にして学舎を巣立ったのだった。
 その点、同じ美校でも油画科(西洋画科)の画学生たちは、やはり課題制作として「静物」や「風景」や「人物」を描く修行に明け暮れたが、一番力を入れていたのはいわゆる「石膏(せっこう)デッサン」を描く訓練で、朝から晩までトルソやボディーフォームの彫像を、木炭やコンテで描く練習にうちこんだ。はるか西欧から伝わった「洋画」の描写力向上の基本はデッサンにアリ、というのが、当時から現在にいたるまでの、美校の油画科がもつ一貫した教育理念だったといえるのだろう。
 とまれ、「日本画」であれ「油彩画」であれ、その営みの到達点は、描こうとする対象(モチイフ)を、本物そっくりに再現する技術の巧拙にあるわけではない。その絵がどれほど技術的に卓(すぐ)れているかが問題なのではない。描こうとする対象にどれだけ自己の感情や心情を託すことができるか、自己を没入させることができるか、またそれをどれだけ精確に観(み)る者の心に届けられるかが勝負であることは言を俟(ま)たない。
◇ ◇ ◇
 さて、そうした見方からすると、日本画家をめざしていた大竹武雄が描いたこの「菊」は、その頃の日本画科で学ぶ典型的な課題制作の一点だったと思われる。

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