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日曜版  |  記事

水俣病70年 今もなお苦しむ被害者
国の責任でただちに救済を

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前田芳枝さん

水俣病の患者発生が報告された「公式確認」から今年で70年です。今もなお、救済されない被害者が多くいるのはなぜなのでしょうか?
 浜島のぞみ記者

 水俣病は、熊本県水俣市のチッソ水俣工場がメチル水銀を含んだ排水を垂れ流し、汚染した魚介類を人が摂取したことで発生した公害病です。メチル水銀により脳神経が傷つき、手足のしびれ、こむらがえり、視野狭窄、耳鳴り、味や痛みを感じないなど日常生活に深刻な支障をきたします。
 1932年、チッソは水俣工場でアセトアルデヒド製造を開始。56年、「原因不明の奇病発生」とチッソ付属病院の医師が水俣保健所に報告し、公式確認されました。
 59年、同医師がネコ実験で工場の排水が原因とつきとめましたが、チッソは68年の生産終了まで排水を流しつづけました。国は排水を止めるようチッソに規制せず、被害が拡大しました。

新潟でも発生
 65年には新潟県の阿賀野川流域で昭和電工の鹿瀬工場排水による水俣病患者の発生も確認されました。同工場はアセトアルデヒドの生産量を57年から64年までの7年間で3倍へと急増させました。国が熊本水俣病の原因究明を早期に行っていれば、新潟水俣病は起きなかったのは明らかです。

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