辺野古ができれば解決する その前提で作業してきた。日米による「だまし討ち」だ
27日告示の沖縄県知事選(9月13日投票)。米軍普天間基地問題をめぐり、辺野古の米軍新基地とは別の「長い滑走路」が用意できなければ、「普天間基地は返還されない」とする米軍の方針が明らかになり、大問題になっています。自民党などが推した稲嶺恵一知事(1998~06年)のもとで知事公室長として普天間問題を担当し、自民党県議も務めた親川盛一さん(85)に聞きました。
前田泰孝記者
私は1999年から2002年まで稲嶺県政の知事公室長でした。
稲嶺さんは「15年使用期限」「軍民共用空港」を条件に米軍普天間基地の県内移設受け入れを容認しました。私は「普天間は無条件撤去か国外・県外移設を」という思いは持っていました。そのため「重い気持ち」で知事公室長として普天間基地の移設先を選定する実務を担いました。最初から辺野古を本命にしたわけではありません。白紙から検討しました。作業のなかで移設先を七つに絞りました。住民生活との矛盾を考えれば陸上部への建設は無理でした。「撤去可能」「軍民共用」で将来県民の財産になるとして、ギリギリの案として辺野古沖合案に決めました。
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