内地(ないち)の商売人たちは、離島で伐採させたアダンの葉を山原船(やんばるせん=小型の帆船)を使って本島北部の山原に運び、帽子組み(ボーシクマー)のもとに持ち込んだ。
帽子作りを副業とする人たちにとっては、アダンの産地など知ったことではない。帽子作りは、山原では数少ない現金収入源だ。
内地の商売人は、編み上がった帽子を回収し、ふたたび山原船で少しずつ与那原(よなばる)港に運んで、港近くの倉庫に隠しておく。帽子がまとまった数になったら、那覇港にもっていって、大型汽船で本土に送り出す--。
本土行きの大型汽船に載(の)せるときは荷積み書類のチェックが行われるが、沖縄県が禁じているのはアダンの伐採であって、帽子の出荷自体が禁じられているわけではない。あるいは、書類上は「紙縒(こより)帽子」として申請すれば、いちいち帽子箱を開けて材質をチェックする者はいないだろう。
伐採を禁じられているアダンの葉で編んだ「沖縄パナマ帽」は、いまも京浜・阪神地区に持ち込まれ、ハイカラ紳士のあいだで好評を博している。一部は「本物のパナマ帽」と詐(いつわ)って舶来品扱いされたり、ラベルを貼りかえて本場欧米からの輸入品として、途方もない高値で取り引きされている。
「……とまあ、そんなところが、沖縄軽便(けいべん)鉄道に魔物が出ることになった裏事情というわけだ」
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