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日曜版  |  記事

沖縄変奏曲(25)
柳田先生騒動記 1
作 柳広司 題字・絵 オザワミカ

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名も知らぬ遠き島より
  流れ寄る椰子(やし)の実一つ……
その一
「先生、起きてください。先生」
 声をかけると、先生は伏せていた顔をあげ、焦点の合わない目つきでわたしを見た。
 ああ、とつぶやき、口元のよだれを拭ったあと、急にむっとした顔になり、
「私は眠ってなどおらんよ。目をつむって、考えごとをしていただけだ」
 と、口をへの字に曲げてそんなことを言う。
 わたしは内心苦笑しつつ、顔に出さないだけの分別は持ち合わせていた。
 柳田国男(やなぎた・くにお)先生、御年(おんとし)七十八歳。
 言わずと知れた“日本民俗学の泰斗(たいと)”である。
 この国の民俗学を一から立ち上げ、『遠野物語』はじめ数多くの著作で知られる柳田先生は、周囲の者たちから密(ひそ)かに“怒りっぽい変わり者”として恐れられていた。他人に対しては名指しでずけずけ批判するが、自分に対する批判はまったく受けつけない。若いころから「偏狭、天狗(てんぐ)のごとし」と周囲に嘆じられてきた癇性(かんしょう)は、年齢とともにいっそう激しくなっているようだ。
「そろそろ講演のお時間なので、ご準備をお願いします」
 わたしは先生のご機嫌をそこねないよう、細心の注意を払って申し出た。
「講演? ああ、そうだったな」
 先生は深く腰掛けていた椅子から、杖(つえ)をついて立ちあがった。

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