名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子(やし)の実一つ……
その一
「先生、起きてください。先生」
声をかけると、先生は伏せていた顔をあげ、焦点の合わない目つきでわたしを見た。
ああ、とつぶやき、口元のよだれを拭ったあと、急にむっとした顔になり、
「私は眠ってなどおらんよ。目をつむって、考えごとをしていただけだ」
と、口をへの字に曲げてそんなことを言う。
わたしは内心苦笑しつつ、顔に出さないだけの分別は持ち合わせていた。
柳田国男(やなぎた・くにお)先生、御年(おんとし)七十八歳。
言わずと知れた“日本民俗学の泰斗(たいと)”である。
この国の民俗学を一から立ち上げ、『遠野物語』はじめ数多くの著作で知られる柳田先生は、周囲の者たちから密(ひそ)かに“怒りっぽい変わり者”として恐れられていた。他人に対しては名指しでずけずけ批判するが、自分に対する批判はまったく受けつけない。若いころから「偏狭、天狗(てんぐ)のごとし」と周囲に嘆じられてきた癇性(かんしょう)は、年齢とともにいっそう激しくなっているようだ。
「そろそろ講演のお時間なので、ご準備をお願いします」
わたしは先生のご機嫌をそこねないよう、細心の注意を払って申し出た。
「講演? ああ、そうだったな」
先生は深く腰掛けていた椅子から、杖(つえ)をついて立ちあがった。
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