判決前に仙台市内で「ふるさとを返せ」とデモの先頭で訴える津島地区原発事故の完全賠償を求める会共同代表の馬場績さん(日本共産党元浪江町議)ら=10月16日、宮城県仙台市
東京電力福島第1原発事故で全町避難となった福島県浪江町津島地区の住民631人が、国と東電に事故前の放射線量レベルに戻す原状回復などを求めた「ふるさとを返せ!津島原発訴訟」。仙台高裁は国の責任を否定し、東電のみに損害賠償を命じました(16日)。判決を受け、原告団と弁護団は判決を不服として最高裁へ上告すると表明。原状回復請求を退けた不当判決に住民らは「屈することなく断固奮闘する」と語ります。
田中智己記者
「100年帰れない」担当者の言葉に絶句
「100年は帰れない」。事故後、避難生活などについての住民説明会で国の担当者は、住民からの質問によどみなくそう答えたといいます。津島訴訟原告団団長の今野秀則さん(79)は、このときの記憶が抜け落ちたままです。当時は闇の中にいるようだったと振り返ります。
「事故なければ…」
仙台高裁で判決が言い渡される数日前、記者は今野さんと津島地区を訪れました。秋晴れで気持ちよい風が吹く日でした。福島第1原発から直線距離で約30キロ離れた同地区は、阿武隈山地の中腹にある自然豊かなふるさとでした。事故前は、同地区に約1400人の住民が助け合いながら穏やかな日常を過ごしていました。
「原発事故さえなければ住み続けることができた」と今野さん。事故直後、避難を強いられたときも数日から1週間で元の日常に戻れると思っていたと話します。住民の多くは今も帰還できずにいます。
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