「年譜によれば、柳田先生が沖縄を訪れたのは、大正九年の暮れから翌年二月までの一回だけです。この資料には『首里に尚順(しょうじゅん)男爵を訪ね、宝貝のコレクションを見る』とある」
田代さんは配布された資料に目を落として言った。
「沖縄との関係でいえばもう一つ、昭和八年に沖縄の言語学者、比嘉春潮(ひが・しゅんちょう)氏と『島』という雑誌を出していて--講演冒頭で語られた『風の名前を収集していた』のは、おそらくその頃の話でしょう。しかし、逆に言えば、柳田先生がこれまで沖縄に直接関係されたのはそれだけです。柳田先生があれほどこだわってこられた資料採集のための調査員を沖縄に派遣した形跡もない。
今回の柳田先生の講演は--意味不明の伝言を残してさっさと帰られてしまったことを含め--やはり、どうしても、唐突な感じが否めません」
「だからといって、きみ。ボケたというのは、いくらなんでも言い過ぎじゃないかね」
大会事務局長の今野さんが、辺りをはばかる押し殺した声で口をはさんだ。
「そうでしょうか」
軽く首をかしげた田代さんは気にする様子もない。
「歳(とし)を取ると若いころの話をしたがるようになるのは、われわれ心理学会の最新論文をもちだすまでもなく、一般的によく見られる傾向です。何を言いたいのかといえば、柳田先生の講演記録は今回の九学会共有テーマとあえて関係づける必要はない--本大会とは関係のない“特別枠”で扱うのが妥当ではないか、というのが僕の提案です」
「つまり“特別枠扱いにして、そのまま載(の)せてしまえ”、そういうことかね?」
事務局長の今野さんが、困惑した顔で問い返した。
「ありていに言えば、まあ、そうですね」
「他の学会諸君は、どうだろう?」
事務局長の問いかけに対して、すぐにあちこちから反対の声があがった。
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