「うれしかったどうぶつえん」から。ゆうちゃんが描いた絵の一場面
弁護士の梓澤(あずさわ)和幸さん(83)。年を重ねるごとに思いが深くなるのは、戦時中に3歳で亡くなった兄・誠一さんのことです。兄の話を通して子どもたちに平和や憲法の大切さを伝えたい、と5年前に物語を書きました。絵を描いたのは、当時小学4年生だった孫のゆうちゃん。物語「うれしかったどうぶつえん」にこめた思いを聞きました。
板倉三枝記者
1943年8月、東京都長官から上野動物園の猛獣の殺処分が命令される少し前の話です。物語は群馬県桐生市に住むぼく(誠一)が、ある朝、お母さんに声をかけられるところから始まります。「今度、お父ちゃんと汽車で上野動物園に行くのよ。和ちゃん(弟の梓澤さん)とお母ちゃんはおうちで待ってるね」
初めての遠い旅に、うれしくてぼくはなかなか寝られませんでした。動物園ではキリンやゾウやお猿さんを見ました。キリンの足が長く背が高いのにびっくりして思わず、「すごーい」と大きな声で叫んでしまった。おとうちゃんはうれしそうに笑っていました…。
ゆうちゃんの絵が、「ぼくとお父ちゃんの宝物の時間」を生き生きと写しだします。
父に赤紙が来たのは、それからまもなくのことでした。食べ物が少なくなり、おなかが減ったぼくは、防火用水の汚れた水を飲んでしまいました。44年7月30日、集団赤痢にかかったぼくは「和ちゃんは…」の一言を残して死にました。
〈だれが戦争なんてしたいのだろう。戦争になると、かなしいことばかりがおきてしまう。戦争はこわい。上野動物園に行ったら、ぼくのことを思い出してください。ぼくのような子どものことを、どうか忘れないで〉
一覧へ戻る